Hearthstoneばっか

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今なら

 今なら何か書ける気がした。

 否、書けなければならない。気分はまさに最低、深く暗い失意の底。そんな僕が書けないなら、他の誰が書けるというのだろう。それとも、かつて文豪たちは充実の生活、満足な日常にありながらあれだけ鬼気迫り胸穿つ名文を生んだというのか。そんな残酷は到底許せそうにない。

 綴り始めても、気は微塵も紛れない。だがそれこそが今の僕にある、唯一の自信となっていた。だからこそ思えるのだ、今なら何か書けると。

 

 

 やはりと言うべきか、筆はすぐに止まる。だが構うものか、今まで散々に思い知ってきた。衝動のまま夢中から気付けば書きあがっていた、なんて天才は僕に無い。そもそも多少筆が止まるくらい些細なことだ。生活はそれ以上に停滞しているのだから。

 

 

 腹底に得体の知れぬ感情が巣食っている。いや、果たして本当にこれは感情だろうか。浮かんでは弾け、沈んでは溶ける泡沫の儚さが感情にはある。だがこれは川底に重く粘りつく泥のようで、とても水には浮かないし溶けそうにもない。

 頭にあるものは、脳で言葉にして口や手から発散できる。だが腹まで降りてきてしまったモノは容易ではない。体に染みついているから、切り離すには十分な力と時間がかかる。

 

 

 我慢できずトイレへ向かう。トイレが気分転換になるという人は多いと聞く。僕もその例外ではない。だがそれは平常ならばこそで、今の状態では焼け石に水だろう。

 部屋に戻り、再び椅子に座ると気付く。腹に溜まっていたモノがすっかり無くなっている。あまりの急激な変化にしばし戸惑うが、すぐに得心する。だってもう出すものは出してしまったのだから。そして、

 今はもう何も書けないと悟った。